保育園時代
今振り返るとそこそこ楽しかったのかな。
いや・・・どうなんだろう。
はっきりとした楽しかった記憶がないってことは
そうでもないのかもしれません。
友達もいたし、家族も仲良くやってたし・・・。
ただ年長時代の先生が物凄く怖くて
保育園行く前にダダこねてましたね。
親に引きずられながら無理矢理連れてかれてたっけ(汗)
とにかく1つ言えるのは、
比較的おとなしい性格の子でした。
小学校時代
性格はおとなしいままだったけど
動くのが好きな活発な子でした。
足は結構速かったんです^^
昼休みになると友達6人くらいで
サッカーをするのが毎日の日課でした。
ただこのサッカー・・・
めちゃくちゃつまらなかったんです。
というのも、リーダーの奴がいて
そいつが勝手に自分が勝てるチームを決めて
試合をしていたのです。
たま~にゲームとか貸した翌日なんかは
僕も強いチームに入れてもらえたけど
ほとんどは弱いチームで負け試合ばっか・・・><
サッカー教室に通ってる人 vs 通ってない素人
みたいな感じ。
そんなつまらないサッカーでしたが
自分の意見を言えない僕は
嫌々参加してましたね。
放課後や休みの日は児童館に行ってました。
バスケット、卓球、けん玉、ぬりえ、
五目並べ、将棋、などなど・・・
ここでは本当に楽しい時間を過ごしました。
特にバスケットが一番楽しく
友達の中でも、かなり点数が取れるくらい上達し
6年生になってミニバスにも通うようになりました。
もちろんスラムダンクは読んでましたよ^^
今でもたまに読んで感動して涙流してます(笑)
卓球の腕もかなり上達しました。
児童館にめちゃくちゃ卓球がうまい
おばぁちゃんがいて、その人によく勝負を挑んでましたね。
年寄りのくせに本当に強いんです!
たぶん100回くらいは勝負して
勝ったのは5、6回くらいですね。
稲中に出てくるババァみたいな感じです(笑)
そんなこんなで児童館では楽しい時間を過ごしていたわけですが
高学年になると僕の人生で最大のコンプレックスが徐々に姿を現してきます。
1つ目はニキビ。
4年生くらいから、すでに出始めてました。
もちろん周りには誰も出来ている人はいません。
2つ目はあがり症。
これに関しては徐々にではなく急にでした。
ある日国語の本読みを当てられて
いつものように読もうとしたら
なぜか急に心臓がドキドキし始めて
さらにドキドキは加速し声が震えるほどでした。
このことがトラウマになり
本読みになると必ず声が震えて
泣きそうな声で読んでました。
周りからは
「なんで泣いてるの?」
と言われるも原因がよくわからず
答えられませんでした。
それからは本読みがある国語、社会などの授業は
嫌で嫌でしかたなく、ちょくちょく仮病を使って休んでました。
病弱の母親からは泣かれるわ
周りからは変な目で見られるわ
散々でしたね。
2個年上の姉にこのことを相談してみると
姉も僕とまったく同じ症状でした。
あとから発覚したのですが、
この症状は母親の遺伝が原因でした。
そしてニキビは父親・・・。
一時期、本気で両親を憎む自分がいました。
「こんなに苦しむなら産んで欲しくなかった・・・」
こんなこと思って本当に親に申し訳なかったです。
今は、そう思えるようになりました。
こんな感じで楽しいこと嫌なこと、いろいろありましたが
1つ言えるのは、まったく女っ気のない小学校時代でした><
中学校時代
バスケットの楽しさに魅了されたKenny少年は
迷うことなくバスケ部に入部。
最初の頃はメキメキと上達するものの
2年の頃からは微妙な感じ・・・。
今思えば、与えられた練習メニューをただこなすだけで
自分で考えて練習していなかったのが原因かと。
もっとドリブルがうまくなるにはどうすればいいのか?
3Pシュートが入るようになるには何をすればいいのか?
などといったことを真剣に考えて練習していればなー
と今でも後悔しているほどです。
何よりも練習が嫌でしかたなかった。
バスケットは走りっぱなしのスポーツで
練習中も走りっぱなし。
毎日、授業が終わるたびに
「今日も練習かー」
と憂鬱な気分になってたました。
それにチームでも1人浮いてる存在でした。
人とのコミュニケーションが苦手だったので
そうなるのは目に見えてましたね。
ミスしたらメンバーから白い目で見られ
ミスしないよう恐れながらプレーしてる自分がいました。
どフリーでレイアップ外した日には
「チッ、何やってんだよ!」
「ごめん・・・」
と謝ってばかりでした。
そんな苦い記憶だけしか残らない部活動だったので
高校では続けるわけもなく最後の試合が終わったときは
開放されて安堵の気持ちでいっぱいでした。
まるで犯罪者が長い牢獄生活から釈放されたかのような・・・。
小学生時代は低ランクのグループに所属していた僕は
中学でもそのまま、おとなしい人が集まるグループで
ひっそりしてました。
しかし中学生くらいの年齢にもなると
ムラムラしてくるものがありますよね(笑)
可愛い女の子とあんなこと、こんなことがしたい!!
ようはモテるようになって彼女を作りたかったのです。
そうなると今のグループに所属していては
ずっと彼女ができなくてモテない男のままだ!
と思い、上級グループ、つまり不良グループに入ろうと
目論み始めました。
まずは不良グループの中で、
少しは仲の良い、比較的よくしゃべる人がいたので
そこから突破口を広げようと考えました。
コミュニケーションが苦手ながらも
できるだけ学校でしゃべるようにして
放課後もゲームしたりして遊んで少しずつ仲良くなっていきました。
そして、そのグループの人達ともしゃべるようになり
いつの間にかグループの仲間入りを果たしてました。
事がすんなりと順調に進んできノリノリの僕は
このあとに待ち受けてる人生最大の屈辱を味わうことになろうとは
当時は考えもしませんでした。
グループの仲間入りを果たし
かなり皆と馴染んできたとはいえ
僕の立場はあとから入ってきた新参者。
グループの中でも下に位置する存在でした。
そして悪夢のような日々が始まりました。
それが・・・
いじめ。
屈辱でしたね。
プライドは人一倍高い僕でしたが
腕力はなく、抵抗することはできませんでした。
暴力的なことはもちろん、
授業中に水をかけられたり、
言葉による暴力も受けました。
いじめられてることもそうですが
何より、あの人いじめられてるんだー
という目で周りから見られるのが嫌でした。
そして次第に学校へ行く足が重くなり
登校拒否をするようになりました。
1人部屋に閉じこもって何を考えてたのか
今では思い出せませんが
死を考えたのは言うまでもありません。
登校拒否をして一週間が経ち
ある人が僕の家を訪れました。
その人物を見たとき僕は驚きを隠せませんでした!
なんと不良グループのリーダー的存在のU君だったのです!
僕をいじめていたのは同じグループで同じクラスの
MとKの2人だけでした。
U君は僕のいじめにはまったく関知してません。
僕の部屋で少し世間話しをして
「今日オレん家に泊まりに来ない??」
U君が誘ってくれました。
あまりノリ気ではなかったけど
制服を着てバスでU君の家に行くことに。
「たぶん学校へ行こうって言われるんだろうなー」
バスの中から深々と降る雨は
僕の気持ちを描写しているようでした。
U君の父は建設関係の仕事の役員をしており
とても立派な家を構えていて密かに憧れていた
U君への思いもさらに加速していきました!
かっこいくて、強くて、おもしろくて
そして・・・優しいU君。
※なんかホモみたいな感じになってますけど誤解しないように(笑)
家に着くとU君自ら料理を振舞ってくれました。
納豆のパスタと、あと記憶にありませんが
とにかく、めちゃくちゃおいしかったのは覚えてます。
料理までこなす万能なU君への気持ちは
1速から2速へ、そして3速へと
さらに膨れ上がってきました。
※しつこいようですが誤解しないように(笑)
お腹が十分満たされた僕たちは
U君の兄と3人でゲームをして
まるで幼い子供のように、はしゃいで遊びました。
遊び疲れ、眠くなった2人は
U君の部屋で寝ることに。
明かりを消そうと立ち上がった僕に
「けんちゃん、あいつらには俺が言っておくから
とりあえず明日、学校行こう。」
泣きじゃくる僕はうなずくことしかできませんでした。
翌日、緊張しながら教室へ入り
僕をいじめていたMとKが謝ってくれました。
こうしてU君のおかげで
いじめ問題は解決することができました。
数年後、U君が死ぬことになろうとは
当時は考えるはずもなかった・・・。(大学時代に続く)
女性関係はというと、不良グループに入ることはできたものの
誰とも付き合うことはできず終い><
とにかくニキビが酷かった。
間違いなく学校で一番ニキビがあったのは
僕だったと断言できますね!
顔中が真っ赤っ赤で鏡で顔を見るのも嫌でした><
一時期、女性と目を見て話すことすらできませんでした。
あがり症の人がよくなる症状に赤面症というのもあって
見つめ合っただけで顔が真っ赤になるという悲惨なものでした。
真面目な性格の僕は
勉強だけはある程度やっていて
市内で2番目の進学校へ入学することに。
高校時代
バスケの情熱はすっかり冷めていた僕は
アルバイトをすることになりました。
別にお金が欲しかったわけでもなかったのですが
僕の家ではそれが当たり前になっていました。
要はちょっと貧乏な家庭だったんですね(汗)
しかもちょうど僕が高校入学した頃から
PHSや携帯電話を持ち出す高校生が増え始め
料金を支払うにはアルバイトするしか道はありませんでした。
姉の男友達のバイト先で人が足りないらしく
紹介してもらい、そこで働くことに。
スーパーのレジ打ちのバイトです。
何事も素早くこなせるようになりたい願望の強い僕は
常にスピードを意識してバイトしていたら、いつのまにか
商品を右手から左手に投げる感じでレジ打ちをしていて
さすがに店長に注意されました(笑)
「商品を投げるとはどういうことだぁー!!!」
みたいな(笑)
それ以来、ちゃんと右手から左手へと渡して
レジを打つようになったのは言うまでもないですね^^
学生生活はというと
進学校だったので、不良と呼ばれる人はあまりいなく
すんなり学年のトップのグループには入れたものの
やはり1人浮いた感じの存在でしたね。
周りがどんどん童貞を捨てていく中で
僕は自分が童貞であることを隠していました。
無駄にプライドだけは高い面倒な性格でしたね(汗)
隠してはいたものの、おそらくバレていたでしょう。
下ネタの会話になると、ほとんどしゃべらない僕でしたから。
それでも違う学校の子とお付き合いすることができました♪
姉の彼氏の妹です。
舞い上がってた僕は毎日のように電話したりメールしたり・・・。
今思うと超ウザかったでしょうね。
1ヵ月後、見事に別れを告げられ終了・・・。
当然の結果です。
特にこれといって楽しかった記憶のない高校生活は
3年目を迎えるといよいよ進路の話題がチラついてきます。
周りの友達は都会の専門学校や私立大学に決める中
「僕も都会に行きたい♪」
と思い親に言うものの、あっさり却下。
家の経済状況を考えると、当たり前ですね。
授業料高いし、ましてや1人暮らしなんて・・・。
とにかく就職だけはまだしたくなかった僕の進路は
必然的に1つに絞られてきました。
地元にある国立大学です。
授業料安いし、家から通えるし。
ここなら親もOKしてくれました。
しかし1つ大きな問題が・・・。
全然勉強してね~!!!
国立大学といっても下から数えて全国で3番目くらいの
レベルの低い大学でしたが勉強してない僕にとっては
かなりの難関でした。
そんな焦りを見せた高校3年生の春。
今日から勉強するぞ!
と意気込むが、その「今日」がいっこうに来ないまま
夏が過ぎ、うっすらと紅葉が見え始める
過ごしやすくて穏やかな季節にさしかかろうとしてました。
そんな僕の頭も楽観的で穏やか(笑)
でも、さすがに秋になると本気で焦り始め
父親の会社と学校が近かったので
朝は6時半に家を出て1時間目が始まるまで勉強。
授業が終わって、親が仕事終わって迎えにくる
18時半まで学校で勉強。
帰って飯食って風呂入って、
12時まで勉強。
こうして勉強の鬼と化した僕の成績は
徐々に上がりだし、そうなると勉強も楽しくなっていきました。
季節は冬。
外は一面真っ白の冬景色になり
センター試験、当日の朝がやってきました。
父親に車で試験会場まで送ってもらい
自分の席に着きました。
あがり症の僕は、こういった本番にとても弱く
緊張してしまう癖があり、
次第に鼓動は高鳴っていきました。
「それでは始めてください。」
係員の合図とともに一斉にスタートしました。
鼓動は最高潮で頭は真っ白。
時間だけがあっという間に過ぎていき
ただでさえ苦手な英語は実力の半分くらいしか出せませんでした。
その後は徐々に落ち着きを取り戻し
実力通り平均点くらいの結果を出せました。
総合的に見て6割5分くらいですね。
「まぁこんなもんだろ」
っといった感じです。
その一ヶ月後の2次試験も
6割程度の結果かなーといった感じです。
そして合格発表の日。
姉の車で会場まで送ってもらい
自分の受験番号と照らし合わせてみると・・・
「あれっ?・・・ない。」
もう一度探してみるも見あたりません。
不合格でした。
大学のラグビー部に胴上げされてる合格者達が
視界に入らないよう足早に姉の車へ戻りました。
姉に報告し、父親にも報告の電話を入れました。
「ダメだった。」
「そっか。まぁしょうがないな。」
無口な父親の精一杯の慰めの言葉を聞き、
ボロボロと涙が溢れてきました。
「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」
浪人するということは余計なお金がかかり
父親に迷惑をかけることになるので
一発で合格させたかった・・・。
それができなかったことへの申し訳ない思いで
泣きながら何度も謝る自分がいました。
それから2週間後、
大学から追加合格の電話をもらったときは
浪人する決意を固めていたため
たいして嬉しくありませんでした。
家族や友達に報告して喜んでくれて始めて
自分も嬉しい実感を味わうことができましたが
1つだけ心残りなのは・・・
どうせなら胴上げされたかったなー。
という虚しい感情も残りました。
そして待ちに待った夢のキャンパスライフへ・・・。
大学時代
工業大学なので8割以上は男といった
むさ苦しい学校でしたが、良い友人にも恵まれて
そこそこ楽しいキャンパスライフでした。
もちろんプライドの高い僕は
高2で童貞を捨てたと嘘をついてましたね(苦笑)
授業サボって昼間からカラオケ、ボーリング、酒と
お決まりの大学生活を送っていた
半袖か長袖を着るか迷う微妙な暖かさの2年の夏の朝でした。
中学の友人からの電話で起こされ
「Uが死んだから最期の顔を見に家まで来て。」
明らかに冗談とは聞こえないトーンで一瞬で目が覚め、
急いでU君の家に向かいました。
そんな冗談を言う奴ではないことはわかっていました。
それでも冗談であってと願う僕の気持ちは
U君と対面して無残に打ち砕かれました。
「本当に死んだんだ・・・。」
詳しくはわかりませんが、
車で箱乗りをしてアクセルふかして遊んでいたら
謝ってドライブにギアが入り、車の下敷きになって
死んでしまったという話です。
※箱乗り:窓枠部分に腰掛けて上半身を外に出して乗る車の乗り方の事
それでもU君の顔は綺麗なままで
僕の憧れのU君のままでした。
この気持ちは今も変わりません。
U君、あのとき僕を助けてくれて本当にありがとう。
何もお礼できずに逝ってしまったのは残念だけど
天国でも強くて、優しくて、おもしろいU君でいてください。
大学生活はというと
2年の後期に落としてはいけない単位を落としてしまい
早くも4年生に上がれないことが確定してしまいました。
そして4年目に休学しアルバイト生活が始まりました。
他のバイトと比べて時給の高いパチンコ屋でのアルバイトです。
そこに当時19歳の若い女の子いて
周りは30代の人が多く数少ない若者同士ということで
打ち解けるのに、それほど時間は必要ありませんでした。
ラッキーなことに向こうから番号の交換を要求してくるほど
消極的な僕にとって非常にありがたい積極的な女の子でした。
毎日、毎日メールをして次第に仲を深めていき
バイトの皆で飲み会が開催される前日の夜
「帰るの面倒だからラブホに泊まらない?」
どんだけ積極的なの!?
と思うほど嬉しビックリなメールがきました。
頭はすでにラブホのことでいっぱいだった飲み会は
全然楽しめないまま終了し、僕たちはラブホテルへ・・・。
ベットに横になりながら会話をしてると
いい感じの雰囲気になったので
ここだ!!と思いキスをしました。
そして彼女の手は僕の股間に・・・。
ホントに積極的な子です!
前戯をある程度済ませ、いざ挿入となったとき
「ん?勃ってないぞ!」
まぁいっかと思い無理矢理入れて
ちょい勃ちのまま腰を振り
あえぎ声を出してる彼女を見て
「絶対気持ちよくないだろうな~(汗)」
しかも完全に勃ってないままだと
いきなりイキそうになってビックリしました。
慌てて抜いて彼女のお腹に出し
初体験は全然気持ちよくない感じで終わりました。
おそらく勃たなかった原因は緊張とプレッシャー。
あがり症で人一倍緊張しやすいのです。
そして彼女からのメールが徐々に少なくなり
バイト先が潰れてからは連絡しても返ってくることはありませんでした。
今考えるとそのできごとが大きな原因ではなく
モテない僕の内面的な性格が離れていった原因だったんでしょう。
それからです!
僕はネットで恋愛商材を買いあさるようになりました。
とにかくモテるようになりたい!
その一心で多くの商材を購入し、
簡単にお金をドブに捨ててました。
心理学を使ったテクニックにはうんざりしてました!
悪いと言ってるわけではないですよ。
ただ僕には合わなかった・・・。
何より試してみる相手すらいなかったのですから。
十数本、買ったとこでようやく諦めがつき、
お金を無駄にした後悔とショックで後期から復学する予定が
そのまま休学を延長することにしました。
バイトと家を往復するだけの、つまらない毎日・・・。
このときが最も人生で時間を無駄にした1年となりました。
そして22歳の春、復学することにしました。
なんとか単位を取り4年生に上がると
女への欲望が再び目を覚まし
ある恋愛商材を購入しました。
その商材こそが、僕が自信を持ってお勧めしてる
藤村勇気さんのメール術。
彼に出会ったことで僕の人生は激変することになりました。
実際に結果が出てることで
商材の内容も素晴らしいことはもちろん
彼の人間性に惹かれるものがありました。
とにかく恋愛で悩んでる人を救いたい
という思いが伝わってくる悩み相談のメール。
お会いしたことはないですが
こんなに温かい人いままで見たことがないほどです。
当時も今と同じくmixiでメアド交換し
出会うといった方法で活動してました。
そして最初に出会った子と付き合うことができたのです!
「女性と付き合うことってこんなに簡単なの?」
アッサリ成功したことで驚きを隠せませんでした。
社会人時代
大学を無事卒業し就職のため地元の北海道から
神奈川に移り住み、来る前から、あらかじめメールしてた
神奈川の子とも付き合うことができました^^
その子は仕事が忙しく、なかなか会えなかったので
お別れし、現在月に1~2人くらいのペースで
新規の女性と会ってます。
僕の最終目標はモデル並の女性と付き合うこと!!
顔はイケてませんが、必ず究極にモテる男になるので
今後のKennyを楽しみに見守ってくださいね♪
非常に長くなってしまいました(汗)
ここまで読んでくださった、あなたに一言。
お疲れ様でした。
そして最後まで目を通してくださいまして
本当にありがとうございます^^
感想、相談、質問等ございましたら僕にメールください。
必ず目を通しますし、必ず返信します!
あなたの想いをストレートに、Kennyにぶつけてください!